120か国加盟の女性起業家協会FCEMの世界大会で スピーカーを務めさせて頂きました

120か国加盟の女性起業家協会FCEMの世界大会で スピーカーを務めさせて頂きました

設立73年、1945年にフランスで発祥し、
120以上の国々が加盟する女性グローバルビジネスリーダー協会「FCEM」の世界大会で
各国を代表する偉大な女性起業家代表達の前で、
代表の多田多延子がスピーカーを務めさせて頂きました。

平和を創る子ども達を育てる活動や、
365日ピンクを着ている意味、
しあわせを分かち合うピンクデーの制定、
利他の活動を表彰するピンクアワードに
たくさんの国々の女性実業家団体の代表からご賛同頂き、反響の大きさに感激しました。

この度ほど、ヒロシマから世界平和を推進する
活動の意味と意義を痛感し感激した事はありません。
たくさんの激励メッセージを頂き、とても嬉しかったです。

また、サンクトペテルブルクで
シンデレラ城の様なお城で開催された素晴らしい舞踏会にご招待頂きました。
サンクトペテルブルクの女性企業家達と親睦を深めました。

FCEMにボランティアで参加されいた
サンクトペテルブルクの大学生達とも交流致しました。

サンクトペテルブルクは、
第二次世界大戦時、ナチスドイツによって引き起こされた
人類の歴史上最も悲惨な戦いのひとつ
「レニングラード包囲戦」が起きた場所です。

レニングラードの街は完全に包囲され、
激しいドイツ軍の空爆や市街戦が繰り広げられ、
食料・燃料などの物資補給が完全に絶たれ、
飢餓やマイナス20度以下の寒さにより甚大な犠牲者を生んだそうです。

包囲戦前、レニングラードに住んでいた人の数は約320万人。
包囲戦で何と約100万人が死亡。市民の3人に1人が亡くなりました。

ヒロシマから発信する平和の大切さを痛感致しました。

多田の祖母は原爆投下の日に原爆によって23歳で亡くなりました。
当時5歳の母と曾祖母は
爆心地から1.5キロメートル離れたところで被爆しましたが、
奇跡的に生存し、広島の復興を経験しました。
多田は幼い頃から両親や、親戚の復興体験を聞いて育ち、
世界平和のために広島から活動を始めたいと思っていました。

2015年、多田の曾祖母、祖母、母、広島の女性達の実話を基に
「ヒロシマ復興」と「平和の大切さ」をテーマに
多田が漫画「キセキのヒロシマ」を原作、自費出版致しました。
英語版をオバマ大統領にお読みいただき、
ホワイトハウスから「感動した」とお礼状を賜りました。

全国の学校や図書館向け1,000冊無料貸出を行っており、
平和学習にご活用いただいております。

平和を創る子ども達を育てる輪を広げる活動を推進しております。
今後とも応援いただけましたら嬉しいです。

子ども達の未来が愛と平和に満ち溢れた世界になりますように。