私たちが世界平和のためにできること

ヒロシマの「復興」の歴史に着目した平和教育

広島では、戦争のために17歳~45歳の男性が徴兵されました。
殆どの男手を取られていたため、原爆投下当時、ヒロシマの復興を支えたのは女性達でした。
壊滅的な被害の中でも恨みや憎しみの心に囚われず、
立ち止まることなく前を向いて希望を持ちながら進み、見事復興を遂げました。

広島に原爆が投下されてから10日もたたないうちに、戦争が終わりました。
原爆によって壊滅した広島でも、電気や交通 機関などが復旧するにつれて、
人々は焼け残った材料で住宅を再建したりして、生活を建て直しはじめました。

被爆の後、「広島には75年間は草木も生えないだろう」といわれましたが、
焼けこげたガレキの間から赤いカンナが花を開き、これを見た人々は、生きる勇気と希望を持ちました。

原爆投下からわずか3日で再開した路面電車や
緑あふれる平和記念公演が広島の復興のシンボル的存在として語り継がれています。

ヒロシマを伝えるほとんどの書籍は、原爆投下による被爆の悲惨さを世界に伝えてきました。
私たちは、「キセキのヒロシマ」を通じて、当時の日本人がどのように復興に立ち向かったのかを伝えています。
キセキのヒロシマが、平和のために何ができるかを考えるきっかけになることを願っています。

 

キセキのヒロシマとは?